ひろってつないで

女子バレーボールの情報や試合の感想を、適当に更新しています。たまに男子も。

昔のバレーボール

白井貴子モントリオール金への軌跡(記事の紹介)

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◆白井 貴子(しらい・たかこ)1952年7月18日、岡山県生まれ。64歳。68年、片山女高(現・倉敷翠松高)を中退し、倉紡倉敷入り。72年ミュンヘン五輪銀メダル。74年世界選手権、76年モントリオール五輪、77年W杯の3冠を達成。2000年、日本人女子として初めてバレーボール殿堂入り。

(1)最後はガチガチだったミュンヘン決勝

ミュンヘン五輪バレーボール女子決勝
日本2(11―15、15―4、11―15、15―9、11―15)3ソ連
※当時は1セット15点でサイドアウト制

このとき白井貴子さんは控えだったのですが、途中出場し、フルセットに持ち込む立役者となります。

(2)引退決意も新聞に移籍報道

72年ミュンヘン五輪期間中の9月5日、パレスチナ過激派組織が選手村に侵入、イスラエル人選手、コーチ11人が殺害されるテロが発生。このため、大会が1日延期になった。女子バレーボール決勝も6日から7日に変更された。だが、小島孝治監督はレギュラーにはすぐには伝えず、6日の昼にまで話すのを遅らせた。

あの大会、テロが発生してたんですね。そんな中、選手達は試合をしてたとは……。

(3)山田監督とは1年間口をきかなかった

日立に加入した白井は、がくぜんとした。主力が引退し、若手や新人しかいないチーム構成だったからだ。山田監督に「これで金メダルが取れるんですか」と聞くと、「お前が入ってきたんだから、金メダルは取れるんだ」。この言葉に納得がいかず、1年間、監督とは口をきかなかった。

1年間って結構長いですよね。しかも理由が……。

しかし74年の世界選手権で、あることが切っ掛けで和解されたようです。

「この人を男にしないで、誰を男にするんだ」

そこまで考えが変わりました。

(4)滞空力から生まれた秘密兵器「ひかり」

ある日突然、山田監督から「滞空力を知っているか」と聞かれた。白井はいろいろ考えた末に「スパイクを打つ時に空中で、きょうの夕飯は何だろうなあとか、ものを考える時間が持てることじゃないでしょうか」と答えた。「そうなんだよ」と監督。この会話が「ひかり」攻撃開発のスタートとなった。

あの「ひかり」攻撃は、こうして生まれたんですね。

(5)ソ連のセッター交代に「これで勝てる」

モントリオール五輪バレーボール女子決勝
日本3(15―7、15―8、15―2)0ソ連
※当時は1セット15点でサイドアウト制

決勝でこれほどの大差で勝つなんて凄いですね。わずか55分の勝負。涙のない笑顔の金メダルだったそうです。


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